司法試験のデジタル化(CBT方式について)
令和8年度司法試験よりCBT方式による試験が導入されます。法務省のWebサイトで体験版が公開されているので早速体験してみました。
■ 法務省:司法試験及び司法試験予備試験のデジタル化について
| 体験版の雑感
まずは体験版を利用してみての雑感です。左側に問題文、右上に法文、右下に答案が位置しています。法文を選択した上で、キーワード検索をかけると検索結果がヒットします。見出しも検索結果に含まれます。この点はe-govで検索を書ける場合と同様です。答案は紙媒体の答案と同様一行の幅が広くなっています。適宜加筆修正が可能でありこの点がデジタル化で最も大きく変わったところであると思われます。以下、問題に取り組む際の注意点について気づいた点を列記していきます。
| 綺麗な答案を目指さない
答案の加筆修正が自由にできるようになったことによりこれまで以上に「綺麗な答案」を作ることができるようになります。例えば、よりコンパクトな表現を目指したり、答案全体での表記ぶれを修正したりといったことができるようになります。しかし、受験生にとってはこの点が落とし穴となる可能性があります。なまじ加筆修正ができてしまうがゆえに、限られた時間を(実質的に点差に影響しないと思われる)形式面の加筆修正に費やしてしまい結果的に問題の検討や加点要素への言及に十分な時間を充てることができなくなるという事態が想定されます。基本的には(紙媒体の時と同様)一度書いたものは修正しないという方針で答案作成を進めるのがよいと思います。
(もっとも、デジタル化により受験生全体の文章表現が洗練される可能性があるところ、あまりにも形式面が無茶苦茶な場合には、他の答案より評価で沈んでしまうという可能性もあります。そのため、最初から、ある程度綺麗な文章を書くことができるよう、答案の型、文章の型をきちんとインプットし、心理的に抵抗を感じることなく「先へ先へ」と進んでいけるような事前準備を行うことが重要になると考えます)
| 条文を引くタイミングを考える
紙媒体の場合は多くの受験生は条文を引きながら答案を書き進めていたと思います。デジタル化により随時条文文言や条文番号の挿入が可能となったことから事前に頭に入っている条文についてはある程度まとめて検索をするということも考えられます。このあたりは事務処理の効率化という観点からの検討になります。また、未知の論点など、条文を検索しながらでないと思考できないという場合もあるでしょう。このような場合には、答案作成の手を止めて条文を検索することもやむを得ないと思います。答案構成の決定に条文が必要な場合とそうでない場合とを切り分けた上で、答案作成の邪魔にならないよう効率よく条文を引くことが重要になると考えます。
| 条文検索の速度で差が生まれる
デジタル化によりキーワードによる条文検索が可能となりました。このことは、受験生に対して大きなインパクトを持ちます。条文の内容だけでなく条文の文言が頭に入っている受験生は、キーワード検索で即座に目的の条文に到達することができます。これに対し、条文の内容は頭に入っているものの条文の文言が頭に入っていない受験生(典型的には講学上の概念だけを記憶して条文の文言を記憶していないケース)は、検索機能のアドバンテージを生かすことができません。日頃から条文に親しみ、条文の文言を記憶している受験生は高速で目的の条文を検索でき、そうでない受験生はこれまでと同様の方法で条文を検索するしかない、という点で、受験生間に差が生まれることになります。したがって、これからの司法試験受験生は、重要な条文については、条文の文言(文言全てではなく検索で引っかけられるキーワード)を頭に入れ、検索機能を味方につけられるように準備をしておくことが重要になると考えます。
| 答案構成がやりにくくなる
紙媒体の時は問題用紙に手書きで情報を書き込むなどして比較的に自由に答案構成をすることができましたが、デジタル化となるとそうはいきません。思考のアウトプットにおいては、デジタルより紙媒体の方が優れているというのは多くの方が経験していることでしょう。しかしながら、試験方式が変わった以上、これに対応していくしかありません。具体的には、答案構成を極力省力化することが重要となります。受験生の答案構成用紙を見ていると、例えば、民法において、訴訟物、請求原因、抗弁等を列記した上でこれらをどのように論じるか等詳細に構成しているものが散見されます。これは明らかに演習不足です。十分に演習を積んだ受験生であれば、例えば、特定の抗弁が問われている事案においては、訴訟物・請求原因を端的に指摘した上で、特定の抗弁について法律上又は事実上の論点について問題提起を行い、結論を導けばよいという大枠に加え、具体的な文章表現まで頭に入っています。現行司法試験の過去問は十分に蓄積されており、具体的な設問においてどのような文章で論じればよいかも概ね固まっています。この固まった文章表現をきちんとインプットすることで、答案構成を大幅に省力化することができます。加えて、現行司法試験は、旧司法試験と比べて、論点相互の関係性を現場思考で問うような出題は少なく、構成力で差がでる場面は多くありません。私が合格直後から発信していることですが、「答案構成なしでの起案」を理想としつつ、可能な限り答案構成を省力化することが、デジタル化への対応への早道だと考えます。
| 最後に
以上は体験版の率直な感想となります。紙媒体でもデジタル化でも受験生に求められる能力は変わりません。しかし、作業効率を高めるための工夫については、変化が生じることでしょう。実務家はだれしもPCを利用して起案をしていますが、起案速度には個人差があります。これは、各種ツールの使い方だけでなく、事前の知識量や、文章表現のストックに大きな個人差があるからです。こうした個人差が、司法試験受験において、点数の差となって現れることは、想像に難くありません。デジタル化に慣れつつ、これまでと同様、基本的知識のインプット、過去問分析、起案練習を継続し、試験方式の変化を味方につけられるよう頑張ってください。